銀鏡神話‐翡翠の羽根‐
『独楽くんが……私の事を好きになれば……いいの、に……』

彼女の顔からみるみるうちに笑みが消え、次第に目から涙を零し始めた。

『香……ごめん、ごめん。』

謝る事しかできない。

本当は抹消したって良い此の想い。

だが消す術を自分は知らないから。

嗚呼……何故、消えてくれないんだ。

香の気持ちに答えたいのに。

毎日、ただただ苦悩する。

『独楽くん……』

俺の腕の中で涙ぐむ彼女をずっと抱き締めていたい。

知っているから出来ない。

もし万里が泣いていたら、彼女を置いて、万里の元へ歩み寄ってしまうから。

『ごめんなさい。

私、最低だね……

独楽くんの優しさに漬け込んでいる嫌な女だよ。

いいよ、送ってくれて有難う。』

『香っ……』

呼び止めた時には彼女は消え去っていた。






同じく望郷への反対側の渡り廊下を歩く赤髪の美女がいた。
溜め息混じりにぼやく。

『爾来様……早く覚醒なさると良いな。』

現支配者の爾来は、望郷で眠り続けている。

病弱な躰で支配力を保つのが困難な彼は、望郷の床で延々と、力の代償に耐えながら覚醒する日を待つだけ。


――――覚醒


高価な知を集める事によって、支配の知を全て躰に取り込む事ができる。

よって力の代償も、支配力の流産による死も無い。

支配力は永久の物になる。

爾来は今、大量の魔術師や有能な騎士、高位な天使、同じく悪魔、歴史に語り継がれる武者たちなど……

彼らの躰に巡る才……知を魂ごと引き抜き、自らの知と融合させている。

此が覚醒の第一段階。

一定の知を融合させたら、次は覚醒の儀式。

天に“撰ばれし全知者”の魂を生贄に捧げる。

『爾来様、貴方の為なら私、死ねますから……』

女……赤月 万里はぽつりと呟くと、望郷への扉を開き、愛する主人の元へ向かった。






その頃、望郷への最後の渡り廊下。

先程の二つの廊下の中心に位置する廊下を歩む男がいた。
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