銀鏡神話‐翡翠の羽根‐
『失礼します、爾来様。』

七瀬は望郷への扉を開くと、まず目に入ったのは真珠色をした長いカーテンだった。

だだっ広い神秘的な室内を区切り、カーテンの向こうは支配者の彼だけの空間と化している。

『やぁ。 君が七瀬 香くん?』

カーテン越しにまだ声変わりをしていない少年の声が聞こえた。

いくら自分が仕える支配者だからって、プライドの高い七瀬には、はるか年下であろう子供にくん付けで呼ばれるのは不本意だった。

『あ、ごめんなさい。

七瀬さん。』

自分の意を察したのか、爾来が申し訳なさそうに言った。

顔に出てしまっていたのか?、最初はそう思ったが、カーテンで互いの顔は見えない筈。

人の心を読む悪魔がいるが……爾来がそれだなんて聞いた覚えは無い。

ではなんなんだ?

『ふふ。 余計な詮索はしないでね?』

『え……』


ドクッ


重みのかかった彼の言葉が、頭に流れ込む。

一瞬、激しい頭痛に襲われる。

心臓が脈打つ。

手足が金縛りにあったみたいだ……

此が数多の世界の三神――――神、魔王、そして支配者。

他の連中と格が断然に違う。

会話をしているだけ、なのに何故?

飲み込まれそうだ、彼の多大なる力に。

『七瀬さんはNo.10の明倫。

主にNo.11の人と働いてもらうからね。

仕事の内容は鏡界の不法侵入者の排除。

後は望郷内のお掃除。

ピッカピカにしてね。』

可愛らしく爾来は言うと、じゃあお願いね、と最後に言い、其れからカーテンの向こうから寝息が聞こえてきた。

七瀬は大きな溜め息をつき、肩を落とすと、ゆっくりと望郷の扉を閉めた。

(支配下の仕事ってこんなにショボいの……)

と此の先の事が不安になりつつ、七瀬はとぼとぼと、行きとは反対側の渡り廊下を歩んだ。

其処で逢ってしまった。

『あ。』

口からポロリと言葉が出る。

目前に現れた人物、今まで何度、何度、羨んだか。

『赤月 万里――――』

『? 新人さん??』
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