銀鏡神話‐翡翠の羽根‐
にこっと微笑むと、キャルナスは机の片隅に置いてあった白いティーカップを優雅に取り、すっと口にやった。

入っていた紅茶の優しい香りに魅され、まこがこくっと首を傾け、一瞬睡魔に誘われた。

『ぐぬぬぬぬ……』

冷静沈着で、曇りなんて皆無な此の男の論理に、流石の天才と謡われる独楽も反論が出来なかった。

『みゅいい……キャルナスちゃんの言う通りなんだから……

りおりおの莫迦ー。

万里ちゃんは爾来が好きなんだから、さっさとあきら……』

『まこ、そろそろ雨が降り出しましたし、宿舎に帰りましょう。』

キャルナスは立ち上がると、まこの手を引きながら、独楽にそれではご機嫌よう、と言い残して部屋から出て行った。

暗い室内に取り残された彼は、煙草をゆっくりと箱から出すと、蒸かし始めたのだった。






『キャルナスちゃんー。

何でもぅ帰るのぉ?』

なんでなんで?、とキャルナスの周りをくるくる回るまこ。

キャルナスはまこの頭を撫でると、空を見上げた。

真っ青だった空は段々と、曇り空になってゆく。


ポツン


雨粒が目前を通り抜けた。

雨粒は赤かった。

『キャルナスちゃん。』

『解ってます。』

二人は真上にあった屋根に飛び乗ると、さらに天井彼方に聳え立つ、望郷の門を見た。

血の雨は其処から降り注いでいたのだ。

『シャロン!』

門から落ちてくる血まみれの白狼は、前足を二本失っていた。

『帝唖羅!』

まこが右手に握っていたクラリネットを白狼に翳す。

すると白狼は黒みがかった紫色の球体に包み込まれた。

球体はゆっくりと地についた。


パチンッ


球体が音を立てて割れた。

「どうしたのシャロン?」

まこが冷静に聞く。

白狼……シャロンは体を震わせながら、必死に声を出す。

『し、侵入者が……支配者の元へ……

我が主が今……戦って……』
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