銀鏡神話‐翡翠の羽根‐
『はぁ…… はぁ……』

其の敵は今まで相手にしてきた何者よりも冷静で、何者よりも残酷で、私は初めて心底恐怖した。

手足が痺れて、心にぽっかりと節穴が空いたみたいで、恐ろしくて……死んでしまうんじゃないかって。

『僕は爾来を殺さなくちゃならない。

だから通してくれ。』

敵は可愛らしい顔の少年だった。

でも彼から溢れ出る魔力は並大抵の物じゃなかった。

見かけはこんなでも、絶対、支配下No.5以上の力は有るだろう。

『通せないよ。

爾来様を守るのが私の役目。』

私があの人を護らなきゃ。

何時も一人で泣いているあの人を護らなきゃ。

誰にも本音を打ち明けず、沢山の部下達に囲まれているのに孤独なあの人を、私以外の誰が護る?

『そうか、貴女みたいな綺麗な魂の人……

滅多にいないんだけどね。

戦うしかないか。』

少年は鎌を握る手に力を籠めた。

私は魔器・蠣音を解放すると共に、右足を踏み出し、少年に紫と蒼と橙のナイフを投げた。

『第三刀・灼熱火』

技名を唱える。

少年の首もとまで一直線に飛んだ筈のナイフ。

なのに、僅かに外れ、ナイフは彼の足元に突き刺さる。

『弾けろ。』

灼熱火に合成されているのはエルナド・ヴァイラ。

ヴァイラの中級型。

『へぇ…… 素敵な魔器だねぇ。

ヴァイラを上手く錬成させてる。

まぁ、其れを最高に生かしてる貴女が凄いんだけどね。』

こいつ、何なの?

此の余裕綽々な態度。

『赦雨薇唖。

雨の力を解放しろ。』

彼の足に縛り付く焔の縄。

ゆっくりと焼き殺して逝く此の魔法。

大抵の者は、恐怖に溺れ、解こうとのた打ち回っているうちに、どんどん縄が複雑にこんがらがり、最後はそのまま何も抵抗出来ずに死に至る。

然し彼は全然違う。

目の色一つ変えず、私に攻撃を仕掛けようとしてくる。

《いくぜぇぇええ。

鎖の破片。》
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