血を吸うことを知らない吸血鬼
「どうして母はシュウさんの元を離れたんだと思いますか?」
途端に僕の顔がひきつるのが分かった。答えたくもないと言う意思表示で首を振ると間一髪に彼女は「愛してたからですよ」と優しく微笑んだ。
「そんなわけ…」
「あるんです」
続けて彼女は優しく柔らかく続けた。
「母はあなたと共に数々の禁忌を侵した。身体を繋げ愛し合った」
そう、彼女が姿を消したのは身体を繋げて数ヶ月後。置き手紙一つ残さずに。
「母はお腹に子供が出来たんです。あなたと母の子供が」
「そんなわけ…!」
吸血鬼は身体を繋げて子孫を残さないゆえに身籠もることはないし、そういう習慣もない。彼女とは愛を深めるために繋げただけ。子供なんて出来るはずがないのだ。
「でも母はそれ以上の禁忌を侵した。母は頼んだんです、人間が神と呼んでる方に。神は叶えるかわりにあなたと離れて今後一切関わるな、と言ったそうです。そのまま一緒にいるならばあなたを消す、と」
言葉を失った、それ以外にどんな表現をすればいい?
「神に近付いた人間は…寿命を取られるそうです」
僕は、彼女が言いたい事が分かる気がした。吸血鬼は、契約者が何らかの原因で亡くなると共に亡くなるという。だから死を間近にする二人は離れられなくなると聞いた。でも殆どは吸血鬼同士でするものだからそんな事は滅多にない。
だから突然この町に引き寄せられるように来て、どうしようもない哀しみがわいていたんだ。僕の中の僅かな彼女の血液が死を感じて騒いでいたのだ。
僕は彼女と契約をした。
「母は亡くなりました」
僕はうなだれたが小さくなった声に反応し、顔を上げると顔をくしゃくしゃにして泣く姿。
思わず抱き締めた。ギュッと抱き締め返すように力が返ってくる。わが子と実感がわいてくるのには少し時間がかかった。
「母が、亡…くなっ、…たって事、はあなたも亡、くなるって事ですよね…」
契約のことも聞いてたのだろうか。涙を堪えたままそうだねと言った。
「お父、さん…っ!」
さらにワッと泣き出す。そうか、この子にはもう家族がいなくなるんだ。とうとう堪えきれなくなり僕の頬には涙が伝う。