夜明け前
おばさんの勢いは止まる気配がなく、祥子に罵声を浴びせ続けた。



しかしすぐに電車は京橋駅に着き、ドアが開くと同時に祥子は人を押しのけてホームへと飛び出した。




恥ずかしかった。

取り乱してしまった自分も、子供みたいに泣いてしまった自分も。




電車が遅延してしまったせいで、ホームにはいつも以上に人が溢れていた。



背後から誰かに呼び止められた気がしたけれど、一刻も早くその場を逃れたかった祥子は振り返りもせず改札を抜けていった。




駅から会社までは徒歩で10分といったところだろうか。

泣き顔を知り合いに見られたくない。

祥子は会社まで走った。





ビルの一階の洗面所でしばらく気持ちを鎮めることにした。

どうせ遅刻をするんだから10分違ったところで同じだと思ったからだ。



大きな鏡に写った自分の姿を見ていると、ますます情けない気分になる。

髪は走ったせいでボサボサに乱れ、泣いたせいでアイメイクがとれてまるでパンダだ。

安物のピンク色のシャツがますます祥子を惨めな女に演出していた。



手早く化粧直しを済ませ、エレベーターに乗り込んだ。





事務所のある20階のフロアでエレベーターを降りるまで幸い誰にも会わずに来れた。



ホッと胸をなでおろしながら祥子はバッグの中に右手を突っ込んで愕然とした。



(ない!)



セキュリティーカードがバッグにない。




祥子は大手の保険会社に派遣のパートとして勤務していた。

セキュリティーが厳しく、カードがないと事務所に入ることができない仕組みになっている。



(あのとき落としたんだ・・・)



電車を降りてホームを走ったときにきっと落としたに違いなかった。



祥子を呼び止める声はその時カードを落としたからだと確信したがもう手遅れだった。


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