ダーク&ノイズ
声を上げようと息を吸った瞬間、男は手に持っていた棒を振り上げるのが、レース越しに見えた。

「きゃあ!」

その声と同時に、テレビの声は激しくガラスの割れる音でかき消された。

目を剥いて男を見据えた裕子に向かって、男は躊躇なく向かってくる。

抜けそうになる腰をかろうじてソファーから引き剥がした裕子は、出口のドアへと向かおうとした。

(いや、玄関はだめ!)

なんとなく男の仲間が待ち受けているような気がする。

いったんドアノブにかけた手を離すと、飛び掛ってきた男の手をかいくぐるようにして反対側へ身をひるがえした。

振り向いた男の顔はまだ若い。どうみても同年代にしか見えなかった。


(希里たちの連れだ)


その風貌からそう直感した。


(これ以上、まだ──)


胸にどす黒い恨みがこみ上げる。


それでもこの場は逃げなければならない。台所のドアノブを回し、外に出ようとして、思い切り体が弾き返された。

鍵がかかっていることが、頭から欠落していたのだ。

慌てて鍵を開けたとき、その体に男の手が巻きついた。


このとき、生命の危機を感じた裕子の体に、最大の防衛本能が働いたとみるべきだろう。

渾身の力をこめた裕子のあごが、男の腕に食い込んだ。

「いっ──!」

男の悲鳴が耳をつんざいた。

たまらず力が緩められた腕を振り切ると、裕子は転げるように外へとびだした。


まず異変にきづいたのは真知子だ。
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