鬼憑き
別行動をとるようになって、必然的に秀樹と武人が一緒にいることはほとんどなくなった。武人の側には代わりにカロンがいることが多くなり、秀樹は怪我が目立つようになっていった。

「秀樹さん、消毒道具持ってきました」

「ん、あぁ」

準備をするカロンに、擦り傷だらけの右手を差し出す。その手を受け取ったカロンはてきぱきと消毒をして包帯を巻いていく。

「別にそこまでしなくてもいいんだが・・」

「駄目です。化膿でもして酷くなったらどうするんですか?」

「いいじゃねぇか、受けとけよ」

資料の整理をしながら、武人は多少困っているような秀樹に笑顔で言う。

「カロンも専属医療係なんだしな。練習練習♪」

「・・・・お前楽しんでるだけだろ」

「お前が怪我の治療なんてそうそうねぇだろ?」

秀樹の台詞に肯定も否定もせずに言う武人は、態度からいくと間違いなく楽しんでいるようだ。カロンから解放された腕をさすりながら、秀樹は軽く息を吐く。

「にしても、ほんと最近増えたよな。らしくもない」

「・・お前の事務仕事ほどじゃない」

「うっ・・うっさいな!好きでやってんじゃねぇよ!」

任務を分担されて半月ほど経っているはずなのに、武人の動きは相変わらずぎこちないもので。本人も自覚しているのか顔を真っ赤にし、ぶつぶつと聞こえない文句を続けている。

「終わりましたよ、秀樹さん」

二人がちょうど静かになったのを見計らったのか、タイミング良くカロンが秀樹に声をかけて右手を放した。秀樹は包帯を巻かれ消毒液の臭いがする腕を持ち上げ、カロンの頭の上に乗せた。その意味が分かったのか、カロンは嬉しそうに、どういたしまして、と笑った。

「で、終わったなら本題入っていいか~?」

多少疲れたような声で武人が呟いたことで、ようやく秀樹が向き直る。

「そう言えばそうだったな。調べ終わったか?」

「いんや、まだ終わっちゃねぇよ。・・つーかめんどくさいの知ってんだろうがよお前は、イヤミかこの野郎」

さも当然というように聞いてくる秀樹を一睨みしつつも、まぁいいと話を進めた。

「とりあえず、この前の通信は隊員に渡してる無線機からで間違いなかったみたいだ。音声データも登録された物と一致してた、が」

武人は資料を軽く叩きながら続ける。

「元のデータが違うみたいなんだな、どーも。つい最近編集された形跡があった」

「ということは、」

「あぁ、誰かしら施設側の人間が関わってるってことだろうよ」

「レティに報告は?」

「まだだぜ。後で行こうとは思ってっけど」

秀樹はそう言う武人の手から資料を取り上げると、ちらりと見てから立ち上がった。

「どこ行くんですか?」

「報告」

一言だけカロンに返すと、そのまま秀樹は部屋を出ていった。

「武人さんは行かなくていいんですか?」

「・・いいんじゃねぇか?たぶん」

半ばどうでもいいように武人は言い放った。すでにいなくなったドアの向こう側を睨むようにして。

「さてと、続きでもするかね」

手近にあった本を一冊取り上げて呼んでみるも、おもしろいくらいに武人の頭を素通りしていく。お陰で同じ所を何回も行き来する羽目になり、ほとんど進んでいない。端から見ているカロンにもわかるほど、秒単位で武人の機嫌は悪化していった。

「・・・お昼でも、食べに行きませんか?」

「そー、すっか。全っ然集中できねぇや」

「気分転換もしたほうがいいですよ」

ぎこちない笑顔を浮かべつつも、二人とも立ち上がって食堂に向かうべく歩きだした。いつもならほとんど途切れることなく会話をしながら歩く二人だったが、疲れのせいか、珍しく静かなまま進んでいく。結局食堂に着いたところでさして話もなく、食事中も黙り込んだままだった。先に食べ終わった武人がひと伸びして食器を持って立ち上がる。

「ちょっと町まで散歩にでも行ってくるわ。なんか欲しいモンでもあるか?」

「特にないですけど、大丈夫なんですか?危険かもって・・」

心配そうなカロンをよそに、武人はしっかりと笑顔を向けた。

「なぁに、大丈夫だって。一人二人出てきたところで、そうそう負けねぇよ」
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