鬼憑き
一月経ち二月経ち。手強くなっていく鬼憑き達に対抗できるよう戦闘員の強化が進められるようになった。以前はほぼ貸しきりだったトレーニングルームも、今は必ず五・六人が使っている状態だ。手狭に感じるようになった空間内で、武人は毎日決まった時間にトレーニングに現れていた。現戦闘員ではNo.1の実力を持つ上、任務はすべて一人で当たっているというのは周りから一目おかれるにも、恐怖感を持たれるにも十分すぎるほどだった。あれ以来口数も少なくなった武人には近寄り難い雰囲気も加わり、カロンやレティ等の慣れた者とくらいしか会話していない。

『古野武人。レティ室長がお呼びです。至急応接室まで来てください』

機械的な音声が響く。模擬戦闘を行っていた武人は早々に切り上げて部屋を後にした。武人がいなくなった室内からは、安堵にも似た空気が漏れ出ていた。

普段呼び出される司令室を素通りし、施設の入り口近くに設けられている応接室へと足を進める。到着した武人を迎えたのはおそらく本部のボディーガードと思われる男二人と、扉の脇にいたカロンだった。

「お久しぶりです武人さん。僕も呼ばれたんですよ」

笑顔を浮かべたカロンがノックし、二人は応接室へとはいっていく。レティと向かい合って座っているのは若い女性だった。その後ろに外と同じ格好の男が一人控えている。武人の方を見て頬笑み、一言。

「久しぶりね、古野武人」

途端顔をしかめる武人。

「・・・誰だ」

「あら、プレゼントまでしたのに。手紙読んでくれなかったかしら?」

噛み付かんとする気配は嘘のように引き下がった。難しい表情はそのままに。女性は言いながら立ち上がるとレティと武人に視線を送り、扉へ歩いていく。最後に室内を振り返った。

「良い結果をお待ちしていますよ」

完全に閉まる扉。レティの身体からじわじわと力が抜けていった。息をする音だけが絶えず聞こえてくる。

「・・で、俺らの用事は?」

レティから力が抜けたのを見て武人が聞く。レティはそれに返事を返さず、一冊と言っていいほどの厚みを持つ書類の束を差し出した。一通り目を通した武人。

「いつから?」

「決定したら連絡する」

それだけを確認するとカロンに資料を渡して応接室を出ていった。

「ペアってのは似てくるもんだな。良くも、悪くも」

数ヶ月前までの誰かを見ているようだと、カロンもレティも近頃の武人に同じ感想を持っていた。どこか諦めの混ざった視線も、恐ろしいほどの無愛想も、その奥に潜められている強い意志すらも。

「さて、カロン。頼めるか?」

「僕は武人さん専門の医療班員ですよ?僕以外に誰がするって言うんですか」

前々からカロンやレティには伝えられていたことではあった。だからこそこの期に及んで反論することはできないし、覚悟も決めることができた。

「本部のことですから明日くらいには必要な物を届けてくるでしょうね。三日後くらいには始められると思います」

「そうか。頼んだ」

「はい。それじゃ、失礼します」

カロンは比較的ゆっくりとした足取りで部屋をでていった。その動きは落ち着いているようにも、落ち着こうとしているようにも見えた。


まだ早いうちに自室へと戻ったカロンが手にした資料に目を通したのは、それから丸一日経とうかという頃だった。






さらに三日後、武人への人体投薬実験が開始された。
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