鬼憑き
鬼憑き同士意識しなければ交流を持たないのが当たり前だ。だから秀樹がこの集会所を見つけられたのは本当にただの偶然だったのだろう。といっても鬼憑きがでて危険だからと言う理由で人がいなくなったバーに集まっているだけなのだが。とっくにすべて飲み尽くしたのか酒や飲み物の類はなく、床や棚のあちこちに瓶の残骸が見て取れる程度になっている。
「兄ちゃん、あんたもなんか食ったらどうだ?」
まとめ役になっている男が秀樹に身を乗り出しながら言った。手にはかろうじて原型をとどめている皿に僅かばかり乗ったチーズらしきもの。
「いや、いい。チビ達にでもやってくれ」
「そういってもう二週ほど食ってねぇだろ。いいのかい?」
「構わないさ。どうせそう動きもしない」
「そうかい、ならありがたくいただいとく。だがそのうち食いなよ」
差し出した手を引っ込めて秀樹から離れる男。テーブル三つ離れたところにいる子供達に皿を渡して自らは一かけ口に含んだ。
「兄ちゃんはこれからどうするんだい?」
男は秀樹の横に腰掛けながら話しかける。秀樹は男を見て、机の上のカップをとり水を飲み干した。氷の乾いた音とカップを置く音が合わさった。
「まぁ、言いたくないならいいさ。みんな何かしら訳ありだ。あんたが子供らを守ってくれるのは助かるしな」
隣に腰掛ける男の動きにあわせて右袖が揺れ動く。
「俺がこんなんでなけりゃ自分でどうにかするんだが」
目を向ける先の袖には、本来あるはずの膨らみがない。空っぽの袖が宙に揺れている。
「組織にやられたんだよ」
男は遠くを見ながら話し始めた。
「最初は抵抗したんだがね。相手はいくらでも次が出てくるし、割に合わないと思って逃げ出したんだ。それも大変だったが何とかやり過ごして、そうこうしてるうちにガキ共を拾う羽目になって・・・・気がついたらこんな大所帯になったな」
男の動きにつられる形で秀樹もカウンターから離れたところにいる子供達を見る。誰もがよくて小学生くらいの大きさにしか見えない彼らの笑顔にはどこか影が見える。組織の作りだした孤児は他にも大勢いるのか、孤児にすらなれなかった子供の方が多いのかを知るすべはこの場の誰にもない。
「しかし最近は組織もこっちもずいぶんと躍起になってるみたいだな。危なくってもう大きくは動けない」
「そんなにか」
「あぁ、動き出したのは組織側らしいが。なんでも、相当強い奴が出てきたって話だ。鬼憑きの手にも負えないらしいから普通じゃないんだろうな」
男の一言を聞いて秀樹は眉根を寄せた。が、すぐに表情を戻す。溶けて小さくなった氷を一つ口の中で遊ばせて結論にいかない考えを巡らせ始めた。
「・・あいつ、具合でも悪いのか」
「ん?」
秀樹が見る先には子供達が集まっている場所よりさらに遠く、角に一つだけ設置された二人掛けの席に座っている一人の子供。水色と青緑の中間のような不思議な色合いの髪をショートにして、小さな体をさらに縮こまらせて椅子の上にすべてあげている。秀樹達に背を向ける形になっているために顔は見えないが服装から見ると女の子のようだ。自分の体を必死に抱きしめるように腕をまわして、その背中は小さくふるえているようにも見えた。
「あぁ、あの子か・・。よっぽど嫌な目にでもあったのか、酷く恐がってな。いつもああして離れたところにいるんだ」
「そうか」
秀樹は立ち上がると女の子のいる場所へ歩いていった。足音に驚いたのか女の子は急に顔を上げてこれでもかと開いた目を秀樹に向けた。口を開いて何かいいたそうにしたが、そのまま口を閉じてしまった。
「・・隣いいか」
女の子は何も言わず、ただ体をよじって少しだけよけたように見えた。秀樹はほんの少しあいたふたり掛けの席ではなく、近くの木の椅子を寄せて腰掛けた。表情は変わらないが、少女が少し安心したような雰囲気に変わった。
「いくつだ」
返事も反応も返ってこない。
「名前は」
まるで自分に言われているのではないように、ただ変わらず座っていた。
「・・親は」
体育座りの手に、ほんの少し力が入った。秀樹は続けようとした言葉を一度飲み込んだ。一呼吸おいてまた口を開く。
「ここにいる奴らは組織に追われたりとか、何かしら理由のある奴らばかりだ。あのおっさんも頑張ってる方だと思うが、まぁ全員が全員心から安心できるような状況じゃないからな」
だからお前にも何かあるんだろう、と秀樹はそれで話を終えた。どれだけ時間が経ったか、少女が体育座りのまま寝入ってしまうまで二人は静かに向かい合わせに座ったままだった。
「兄ちゃん、あんたもなんか食ったらどうだ?」
まとめ役になっている男が秀樹に身を乗り出しながら言った。手にはかろうじて原型をとどめている皿に僅かばかり乗ったチーズらしきもの。
「いや、いい。チビ達にでもやってくれ」
「そういってもう二週ほど食ってねぇだろ。いいのかい?」
「構わないさ。どうせそう動きもしない」
「そうかい、ならありがたくいただいとく。だがそのうち食いなよ」
差し出した手を引っ込めて秀樹から離れる男。テーブル三つ離れたところにいる子供達に皿を渡して自らは一かけ口に含んだ。
「兄ちゃんはこれからどうするんだい?」
男は秀樹の横に腰掛けながら話しかける。秀樹は男を見て、机の上のカップをとり水を飲み干した。氷の乾いた音とカップを置く音が合わさった。
「まぁ、言いたくないならいいさ。みんな何かしら訳ありだ。あんたが子供らを守ってくれるのは助かるしな」
隣に腰掛ける男の動きにあわせて右袖が揺れ動く。
「俺がこんなんでなけりゃ自分でどうにかするんだが」
目を向ける先の袖には、本来あるはずの膨らみがない。空っぽの袖が宙に揺れている。
「組織にやられたんだよ」
男は遠くを見ながら話し始めた。
「最初は抵抗したんだがね。相手はいくらでも次が出てくるし、割に合わないと思って逃げ出したんだ。それも大変だったが何とかやり過ごして、そうこうしてるうちにガキ共を拾う羽目になって・・・・気がついたらこんな大所帯になったな」
男の動きにつられる形で秀樹もカウンターから離れたところにいる子供達を見る。誰もがよくて小学生くらいの大きさにしか見えない彼らの笑顔にはどこか影が見える。組織の作りだした孤児は他にも大勢いるのか、孤児にすらなれなかった子供の方が多いのかを知るすべはこの場の誰にもない。
「しかし最近は組織もこっちもずいぶんと躍起になってるみたいだな。危なくってもう大きくは動けない」
「そんなにか」
「あぁ、動き出したのは組織側らしいが。なんでも、相当強い奴が出てきたって話だ。鬼憑きの手にも負えないらしいから普通じゃないんだろうな」
男の一言を聞いて秀樹は眉根を寄せた。が、すぐに表情を戻す。溶けて小さくなった氷を一つ口の中で遊ばせて結論にいかない考えを巡らせ始めた。
「・・あいつ、具合でも悪いのか」
「ん?」
秀樹が見る先には子供達が集まっている場所よりさらに遠く、角に一つだけ設置された二人掛けの席に座っている一人の子供。水色と青緑の中間のような不思議な色合いの髪をショートにして、小さな体をさらに縮こまらせて椅子の上にすべてあげている。秀樹達に背を向ける形になっているために顔は見えないが服装から見ると女の子のようだ。自分の体を必死に抱きしめるように腕をまわして、その背中は小さくふるえているようにも見えた。
「あぁ、あの子か・・。よっぽど嫌な目にでもあったのか、酷く恐がってな。いつもああして離れたところにいるんだ」
「そうか」
秀樹は立ち上がると女の子のいる場所へ歩いていった。足音に驚いたのか女の子は急に顔を上げてこれでもかと開いた目を秀樹に向けた。口を開いて何かいいたそうにしたが、そのまま口を閉じてしまった。
「・・隣いいか」
女の子は何も言わず、ただ体をよじって少しだけよけたように見えた。秀樹はほんの少しあいたふたり掛けの席ではなく、近くの木の椅子を寄せて腰掛けた。表情は変わらないが、少女が少し安心したような雰囲気に変わった。
「いくつだ」
返事も反応も返ってこない。
「名前は」
まるで自分に言われているのではないように、ただ変わらず座っていた。
「・・親は」
体育座りの手に、ほんの少し力が入った。秀樹は続けようとした言葉を一度飲み込んだ。一呼吸おいてまた口を開く。
「ここにいる奴らは組織に追われたりとか、何かしら理由のある奴らばかりだ。あのおっさんも頑張ってる方だと思うが、まぁ全員が全員心から安心できるような状況じゃないからな」
だからお前にも何かあるんだろう、と秀樹はそれで話を終えた。どれだけ時間が経ったか、少女が体育座りのまま寝入ってしまうまで二人は静かに向かい合わせに座ったままだった。