鬼憑き
「ようやく起きてきたか」
部屋を出て階段を降りる途中で、意識していなかった後ろ側から声がかかった。
「チビ達は」
「お前さんが寝てる間にもう出てるよ。今日は2ブロック先のスーパー後までだったか」
ここでは、子供達が食料や消耗品の調達をメインに行っている。鬼憑きから逃げるように人がいなくなった後、そのままで残されている店の商品を取って生活している。
「2ブロックか、大丈夫なのか?」
「ここ数日は落ち着いてるんだ、大丈夫だろう。食いもんももうあまりないしな」
秀樹は不満気な表情を浮かべるが、それ以上は言わなかった。危険でもそれに生活がかかっているのは誰でもわかった。秀樹は嫌な予感を抱えながらも彼らの場所を失わないようおとなしくしていた。
一時間も経っただろうか、床板の軋む音と一緒に昨日の女の子が姿を現した。音に反応していた秀樹の視線に一瞬怯んだが、しっかりとした足取りで秀樹の隣へ椅子を動かして座った。秀樹が驚いていると、男の笑い声が響いた。
「こりゃいいじゃねぇか。お前さん、気に入られたな」
秀樹は何か言い返そうと口を開いたが、あまりの大笑いに言葉を飲み込んでため息を一つ落とした。
相変わらず女の子は何も話さないが、秀樹のそばを離れようとはしなかった。昨日のようにじっとしているわけではなく、何処かそわそわしているようにも見える。
「・・どうかしたのか?」
秀樹が声を掛けるのを待っていたかのように、少し怯えたような感じで女の子が目を合わせてきた。途端、二人の間が青白く光った。
「な、なんだ?!今の!」
男の驚愕した声が少し遠くで聞こえた気がした。一瞬の事に驚いた秀樹だが、注がれ続ける視線に我に返った。
「今の・・お前か?」
コクコクと、首が取れそうなほど頷く女の子。その瞳には初めて見る焦りの色がありありと浮かんでいる。
「・・おっさん、悪いけどちょっと出てくるわ」
秀樹は立ち上がると、部屋に向かって行きながら男に告げる。
「あ、あぁ。それはいいけど、どこ行くんだ?」
足早に階段を上る背中に男の大声が届いた。
「チビ達の様子見に、な」
「急にどうしたんだよ?なんかあったのか?・・って、おいおい、また物騒なもん持ち出したなぁ」
部屋から出てきた秀樹は服の袖口をリストバンドで止めて、左腿にレッグポーチを着けている。ポーチの外側には革製のベルトが付いていて、ダガーを一本、右手にはショットガンを持っている。
「・・いや、使わないならそれでいいんだ。用心に越したことはないだろう?」
「それならいいが・・」
「悪いが、あと頼むな」
秀樹が少しの微笑みで告げると、男は諦めたように肩を竦めて了解した。秀樹は女の子の目の前まで歩いてきた。
「教えてくれて助かった。ありがとう」
ふるふると、微かに女の子の首が横に動く。女の子の肩を軽く叩き、秀樹はバーの扉を開けた。