鬼憑き
「・・・・何やってんだ、馬鹿」

呆れたような、それでいて悲しみを含んだ声に反応して、武人は反応を返さない。武器を好まない彼の手には、似合わない大振りのナイフが握られていた。

「おニ、憑き・・」

どうにか言葉に聞こえるレベルの音を発し、離れた場所に立っている秀樹に向ってナイフごと振りかざした。

「だからっ、」

人間味の残っていない武人の攻撃をかわしながら、

「そんなんなってまで何やってんだ」

秀樹は唯々、

「お前は、そんなに弱くなかったはずだろ」

反撃をすることもなく、

「いつものおしゃべりなお前はどこ行ったんだ」

一言もしゃべらずに攻撃をし続ける武人に、

「嫌ってたんじゃなかったのか、こんな無意味な戦いだって」

必死に話しかけ続けた。表情一つ変えない、鬼憑きさながらの動きで攻撃を仕掛けてくる武人に対し、声をかけながら紙一重で攻撃をかわし続けていく。秀樹は少しずつ息が上がってきていた。かわしきれない攻撃が、秀樹の頬をかすめて血を流させる。

「・・覚、ゴ」

「武人・・」

秀樹が武人の名前を呟くと、今まで一切反応しなかった武人が、一瞬びくりと体を震わせて動きを止めた。だがすぐにナイフを構えなおし、柄を握りしめて秀樹に向かっていく。上がった息を整えながら、秀樹は、まっすぐ迫ってくる武人を、今度はよけようとしなかった。腹部に鋭い痛みが走り、一瞬置いてひどい喪失感が秀樹の全身を襲った。

「・・・・早、・・帰って、こい・・・・・・来てや、たん・・から」

ふら付きながらも何とか語りかける秀樹。刃を握りしめたままじっと動かない武人。滴る血は止まることを知らず、二人の間に血だまりを作っていく。

「ひ、で・・・き?」

意識が朦朧としかけていた秀樹の耳に、ずいぶんと聞きなれた自分を呼ぶ声が聞こえた。なんとか顔をあげると、ひどく戸惑ったような、怯えたような表情の武人がいた。秀樹はそのまま糸が切れたように崩れ落ちる武人を何とか支えるようにして倒れこみ、腹に刺さったままになっていた刃を抜いた。

「・・・ったく、・・戻るのが遅、だよ・・・・」

秀樹はまだ傷のふさがらない体に鞭を打ち、意識がなくなった武人の体を背負って歩きだした。
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