最大公約数
「じゃあ、どこからやる?分からないところ、ある?」

「三角関数とベクトルと確率が苦手です」


あたしがそう言うと、三角関数はほんとに重要だから、それからやろうか。と微笑んだ。

この塾は本当に小さいので、生徒一人掛けの机のまん前にホワイトボードが置いてある。

そして、先生は生徒の隣に立ってホワイトボードに授業の板書きをする。

今まで、その授業スタイルのせいで、何度も先生との距離感が近すぎていらいらした。

あんまり大人の男性に近寄られたくないのだ。

別に彼氏がいるからとかではなく、純粋に男の人が苦手なのだ。

かといってあたしは別に同性愛者じゃないので悪しからず。


「加法定理って、覚えてる?」

「いや、忘れました」


あたしはついこの間まで文系として過ごしてきたから、数学なんて完璧に忘れているのだ。

物理化学もそうだけれど。

今月に入ってから理転したあたしは、完全に受験生として出遅れている。

だって今はもう夏休みに入っているんだから。


「咲いたコスモスコスモス咲いた」

「ああ、あれか!」


sin(α+β)=sinαcosβ+cosαsinβ


先生は呪文のように唱えながら、さらさらとホワイトボードに公式を書いた。

あたしはそれをノートに書き留めていく。

たしかそれは2年前に習った記憶だ。

少しくらいなら、覚えているもんだと感心した。

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