ペロ
暑い夏の朝、いつもの池を囲む草をむしり始めると、ペロはタエの元から静かに離れて行った。
草むしりに没頭していたタエが気付いた時には、ペロは池の水面に興味を示し、片足を突っ込もうとしていた。
『おいっ ペロや・・・ ダメだよ、こっちへおいで・・』
池はそうたいした深さではない。
犬が泳ぎが上手いことなど、タエも知っていた。
それでものろのろと近付くと、ペロは、この世の終わりを訴えるような視線をタエに向けた。
それは、逝く間際の夫を彷彿させる、あの目だった・・・
タエは走馬灯の如く脳裏に過ぎる、様々な夫への罪を思い出していた
戦争へ行った夫を待つと誓いながら、 寂しさと不安から身を任せた数々の過ち・・・
死ぬ間際の夫の台詞
『俺は、ずっとタエだけを愛してた』
何もかもを知っていた夫、軽蔑を篭めた哀しく薄い微笑み・・・
巾着を落とし、手に掴んだ雑草とビニール袋をぽとぽとと落とし、一歩一歩、ペロへと向かう・・・
『あんた、ごめん、ごめんなさい・・・』
タエの皺にまみれた腕が伸びるのと同時に、ペロは勢いよく池に飛び込んだ。