ジャス
月明かりに照らされた通り、刀を携えた浪士が立っていた。それはさっきの“蕎麦屋”の男だ。
羽織袴(はかま)を纏い、髪を黒く染め抜いているが、その逆立ったもみあげ・太い眉毛・端正な顔つき・まさしくジャスだった。
「た…助かりました。」
彩音がジャスを見上げる。
ジャスは言葉を発する事無く、ただ頷く。
「かたじけない、助かったよ。俺の名は真田新太郎。あんた…名前は?」
新太郎が訊ねる。
「俺か…俺の名は、銀河、“銀河正義”(ぎんがまさよし)。」
ジャスが言った。勿論偽名だ。
「とにかく、ありがとよ。」
新太郎は言って彩音に視線を向ける。
「彩音、夜の町は物騒だから出てくるなと言ったではないか!」
そして彩音を戒(いまし)めた。
「だって新太郎…」
彩音が拗(す)ねるように呟いた。
彩音は、大人びているが、よく見ると、歳の頃十五〜六の少女であった。
『へぇー確かによく見りゃあ小娘だが、これまた…。だが…』ジャスが思う。
「新太郎!」
突然声が響いた。
同時に一人の新選組隊士が駆け寄ってくる。
「ここに居たか、新太郎!“池田屋”だ、池田屋に長州の奴ら集合していやがった。今“局長”達が応戦してる、俺達も合流するぞ!」
その言葉に新太郎の表情が引き締まる。
「“斎藤”さん。分かりましたすぐに行きます!」
「新太郎、行っちゃいますの?」
彩音が淋しそうに見つめる。
「ああ、俺は町の為、一仕事してくる。外は危険だ、すぐに帰れ。」
新太郎が言った。
「…はい、分かりました。」
彩音は渋々承諾した。
「正義殿、今日の礼は改めて。」
新太郎はジャスに言うと、闇夜に駆け出した。