ジャス
「くっくく…。俺は今年で二十九歳だ。貴様より若い筈なんだかな…」
新太郎が苦笑した。
「そうか…お前は苦労したからな」
ジャスが笑う。
ジャスは二十五〜二十六歳程に見えるが、実は“一万歳”を遥かに超えている。十年や百年そこらでは見た目は変わらなかった。
「しかし、危ない真似は止めろよ。…この国だって、無法地帯じゃあない。逆に潰されるのがオチだ」
ジャスは言って立ち上がる。
「…帰るのか? 」
「ああ、帰らせて貰う。いつかまた会えれば良いな」
ジャスが言った。
だが本音では、“修羅道に堕ちた”新太郎には会う気は無かった。…もし再び出会えば“敵同士”。それは分かっていた。
ジャスは入り口の引き戸を開ける。
「…彩音には逢っていかないのか? 」
不意に新太郎が漏らした。
一瞬、ジャスの身が止まる。
「彩音は、良い女になったよ。絶世の美人だ。…知ってるんだよ、貴様も“あいつを好きだった”ってくらい」
新太郎がジャスを睨む。
鉄瓶からグツグツと熱湯が吹き出した。
「…そうか、あいつも無事だったか…」
ジャスは長屋の外を見る。
雪は既にやんでいた。
「…悪い事は言わない。彩音とはきっぱり別れる事だ」
ジャスは振り返る事無く言った。その表情は苦痛に満ちている。
「…何を言っている、正義! やはりあいつを、愛おしく思ってるのか? 」
新太郎は気持ちが昂ぶり片膝をあげる。
「そうじゃない! …だが止めるんだ。でなければ、お前が苦しむ事になる」
ジャスは押し出す感情をグッと堪え外へ歩み出した。
「正義ーっ! 」
新太郎の叫びを余所にジャスは引き戸を閉めた。