恋時雨~恋、ときどき、涙~
プロローグ
「手話、勉強したんけ。真央と話がしたかったから」


わたしを差す、愛しい人差し指。


手の甲を前にして左肩に当てる、右手の人差指。


左の頬を2回、さするように回す優しい手のひら。


わたしに向かって『人』という文字を空書きする、不器用な人差指。


親指と人差指を開いて、のど元を挟むように当て、前に出しながら閉じる、魔法の指。


茜色に染まる波打ち際で、健ちゃんは言った。



「真央の、いちばん、大切なひとに、なりたい」



健ちゃんが初めてわたしにしてくれた手話だった。


その下手くそな手話に、思わず笑ってしまった。


でも、わたしは泣いていた。




この恋の障害物は、他の何でもない自分の耳だったから。




< 1 / 1,091 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop