恋時雨~恋、ときどき、涙~
Anather Rain
恋の音
今年も、雨の季節が訪れました
いかがお過ごしでしょうか
真央
そう綴った紫陽花の写真葉書を、今朝、ポストに入れた。
青葉の木々に連日の雨で降りたまった滴が、ぽたぽたと落ちる。
6月。
東京。
今年も、雨の季節がやって来た。
わたしは、25歳になった。
買ったばかりのレインブーツが、水滴を弾く。
のろのろと歩くわたしを、後ろから走って来た小学生たちが一気に追い越して行った。
今年も飛鳥山公園は紫陽花が満開だ。
あれから、2年。
あの再会の日から、わたしたちは遠距離恋愛を始めた。
毎日とは決して言えないけれど、ラインや手紙を送り合ったりしながら、なんとかやっている。
健ちゃんは相変わらずあのアパートでひとり暮らしをしながら、カウンセリングを受けて、少しずつ回復に向かっている。
わたしはというと。
と、その前に、びっくりする事があったのは、丁度一年前の事だ。
その日は3件のアルバイトの面接をあっぱれなほど見事に落ちた日。
さすがに落ち込んで、ふらふらと覚束無い足取りで街を歩いていた時だった。
……え。
わたしは、その物件前ではっとして、一瞬息を止めた。
そこは以前、わたしが働いていた場所だった。
キッチン・タケハナ
気付くと、面接に落ちたショックも忘れて、建物の中に飛び込んでいた。
ずっと空き店舗のままだった建物に改装工事の業者が入っていたのだ。
何か新しいお店がオープンするみたいだ。
わたしは、改装工事業者のおじさんに飛び付いた。
「おっと! 何?」
おじさんはわたしを受け止めて、ぎょっとした。
〈ここ、新しいお店になってしまうの?〉
「……え? ……なになに」
勿論、手話など通じず、おじさんは困った顔で、
「何だ、きみは。ほら、邪魔だから出て出て」
とわたしをつまみ出した。