恋時雨~恋、ときどき、涙~
「あたたた」


と腰をさすりながら竹箒を杖代わりにして、大家さんは背筋を正した。


「朝の6時くらいだったかね。なんだか、べっぴんさんが来てなあ」


ほれ、そこに、と大家さんはわたしと健ちゃんの部屋の番号が貼ってある郵便受けを指差した。


「その手紙入れて、帰って行ったよ。何度も確認してあんたのとこに入れてたからさ。間違いないさ」


開けてみるといい、と大家さんはまた腰を曲げて、よこまこと掃除を始めた。


掃除をしている大家さんに近付き、わたしはメモ帳を突きだした。


「なんだね」


大家さんは眼鏡の位置を直しながら、目を細めた。


【どんなひとでしたか?】


うーん、と大家さんは腕組みをした。


「背が高くてなあ」


わたしは、大家さんの口元をじっと見つめた。


「髪が長くてさ。タクシーで来てたなあ」


タクシー?


背が高くて、髪が長くて……。


【他には?】


メモ帳を見た大家さんは、


「としよりは記憶力が悪いでなあ」


困った、と言わんばかりにますますくしゃくしゃの顔で言った。


「とにかく、ここらではあまり見かけないくらいの、べっぴんさんだったでな」


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