恋時雨~恋、ときどき、涙~
「でも、良かったよね」


そう言った静奈の肩をわたしは叩いた。


〈何が?〉


「うん。ほら、彼氏のことがあったでしょ」


わたしと中島くんは、たぶん、同時に肩をすくめた。


幸は去年の冬の始まりに、大切な大切なひとを失った。


自殺、だった。


「無理してるんだろうけど。幸、笑ってるから」


と静奈も肩をすくめた。


前を行く幸は黒髪を春の風になびかせながら、講堂の方へすたすたと歩いて行く。


背筋をしゃんと真っ直ぐ伸ばして、颯爽とした足取りで。


幸は、とても元気だ。


弱さを見せない。


彼氏を亡くしてから、幸の涙を見たのはたった一度きりだ。


あれ以来、わたしは幸の涙を見ていない。


笑っている幸しか見ていない。


幸が無理して明るく元気に笑っていることは、十分わかっていた。


大切なひとを失ったのだから、無理もない。


けれど、まさかあんなふうになってしまうまで、幸が思いつめていたなんて分からなかった。


幸は、無理にでも明るく振る舞うことで、どうにか自分を保っていたのだろう。


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