恋時雨~恋、ときどき、涙~
抱えていた想いを、幸はもう、両手では抱えきれなくなっていたのに。


わたしは、なにも気付いてあげられていなかった。


講堂へ辿り着くには、少し急な勾配を下る。


勾配を下りきったところには、1本の桜の木があった。


もうすぐ、桜の蕾が開きそうだ。


ピンク色の蕾が、太陽の光を浴びていっぱいに膨らんでいる。


枝の隙間から、芝生に春の陽射しが降っている。


その木漏れ日の下に、人影があった。


居眠りをしているのかもしれない。


桜の木にもたれているシルエットがあった。


近付くと、ストライプ柄の水色のシャツの男の人だと分かった。


講堂へ向かう学生たちがぞろぞろと歩いているのに、おかまいなしに木にもたれている。


四年制大学の学生だろう。


短期大学の校舎で見掛けない背格好だ。


あのひと、講演会に参加しないのかな。


木にもたれているその人はきれいな琥珀色の髪の毛だった。


木陰からストライプ柄のシャツが、春の風になびいていた。


前を歩いていた幸が、突然、その桜の木の前で立ち止まった。


その間に、わたしたちが追い付いた。


幸?


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