恋時雨~恋、ときどき、涙~
静奈も、わたしと同じだ。


今まで見たことのない幸の表情を見て、動けなくなっている。


それくらい物々しい雰囲気が、幸を包み込んでいた。


中島くんが、わたしの肩をひとつ叩いた。


「どうしたの?」


わたしは、首を横に振った。


分からない。


幸に何が起こっているのか、分からなかった。


でも、どうしてこんなに胸騒ぎがするのだろう。


その理由も、分からない。


「幸?」


と中島くんの手が、幸の肩に触れようとした瞬間だった。


幸の唇が、突然、震えだした。


小刻みに、でも、強く震えている。


「……」


幸の唇が動く。


でも、何を言っているのか読み取れなかった。


静奈を見ると、ハッとした顔をしたあと肩をすくめていた。


中島くんが目尻を垂れ下げて、そっとうつむいた。


静奈と目が合った。


〈何て、言ったの?〉


わたしが訊くと、静奈は切なげな表情で指文字をした。


右手の親指を横に伸ばして握る。


「あ」


あ。


人差し指を中指の腹につけるように、重ねて伸ばす。


「ら」


ら。



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