恋時雨~恋、ときどき、涙~
親指と人差し指、それから中指を横に伸ばした。


「し」


し。


あ、ら、し。


そして、静奈の両手が告げた一言で、わたしは胸が痛くなった。


「幸の、彼氏の名前」


わたしは、幸のスマホを強く握り締めた。


「幸……」


と中島くんが気づかうように肩を叩いた瞬間に、幸は取り乱した。


「あらし! あらしやんなあ!」


そう叫んで、幸は桜の木の下へ駆け出すと、いきなりその人のシャツに掴みかかった。


「えっ!」


その人はびっくりした顔で、振り向いた。


さらさらの前髪から見えた、きりりとした気の強そうな眉毛。


少しつりあがり気味の目元。


端正な顔立ちの男の人だった。


どうやら、音楽を聴いていたらしい。


両耳からイヤホンを外して、彼は幸に向かって首を傾げた。


「あの……何か?」


「あ……」


幸はハッと我に返った表情で、彼のストライプ柄のシャツからそっと手を離して、肩をすくめた。


「えらい、すいません。人違いでした」


「あ……ああ。びっくりした」


幸の言葉使いのイントネーションの違いに、少し戸惑ったのかもしれない。


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