恋時雨~恋、ときどき、涙~
彼は物珍しそうに、幸を見つめていた。


でも、ハッとしたように時計を見て、すっと立ち上がった。


とても背の高いひとだった。


うつ向いて立ち尽くしている幸に、彼は言った。


「きみも急いだ方がいいよ。講演会、始まるよ」


慌てて歩き出そうとする彼を、幸はとっさに呼び止めた。


「ちょっと」


と、幸は目を潤ませながらシャツを掴み、でも、すぐに手を離してまたうつ向いた。


「あ……何でもないです。ほんま、すいません」


「いや。いいよ」


気にしなくても、と彼は爽やかに微笑んで、幸の頭をぽんと弾いた。


「人違いは、誰にでもあることだよ」


じゃあ、と彼は軽快に講堂へ向かって駆けて行った。


ストライプ柄の水色のシャツが、本当よく似合っていて印象的だった。


わたしの足は棒になっていて、動くことができなくなっていた。


おそらく、静奈と中島くんも。


立ち尽くしているわたしたちに、幸は言った。


「あかんなあ」


細い両手をゆっくり動かしながら。


「分かっとったんよ……分かっとたんやけど」


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