恋時雨~恋、ときどき、涙~
せやけど、と手話をして、幸は桜の木の根元の芝生にぺたりと座り込んだ。


そして、桜の木にもたれかかって弱々しく微笑みながら、春の陽射しを両手で遮った。


「ストライプ柄のシャツが、よう似合う男やったんよ。初めてのデートの待ち合わせ場所がな、桜の木の下やってん」


ロマンチックやろ? 、と幸はついに泣き出してしまった。


泣きながら、幸は必死に両手と唇を動かした。


「初めてのデートや言うてんのに、うち、寝坊してしもてな。しかも、3時間も遅れたんやで」


うち、どんだけデリカシーない女やねん! 、と幸は泣きながら一人で突っ込みを入れて、唇を噛んだ。


幸の泣き顔と両手の向こうに、その時の光景が鮮明に映し出されているようで、余計に辛かった。


でも、わたしも静奈も中島くんも、絶対に目を反らさなかった。


「しかも、そんな時に限ってスマホ忘れてしもて。こりゃ、あかん。あらしのやつ、呆れて帰ってしもたんちゃうかー、て。うち、嫌われたかもしれん、てな」


不安で怖くて、でも、一刻も早く行こうと思った幸は家に引き返さず、待ち合わせ場所まで必死に走ったらしい。


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