恋時雨~恋、ときどき、涙~
転びそうになったわたしを、健ちゃんがとっさに腕でささえてくれた。


ありがとう、と手話をすると、健ちゃんは「ごめん」と言った。


「おれが話してたら、前、見れねんけな。ごめんな」


わたしは、慌てて首を振った。


健ちゃんは、悪くない。


わたしの不注意だ。


健ちゃんと歩きながら話すのは、やっぱり無理なのだろうか。


わたしは話していたいのに。


残念でうつ向いていると、健ちゃんがわたしの肩を叩いた。


わたしが顔を上げると、


「いい方法、あるんけ」


と大きな口で言って、健ちゃんは後ろ歩きを始めた。


「こうすれば、真央も安全だんけ。もし、後ろから自転車が来ても、教えてやれる」


でも、これだと、今度は健ちゃんが危ないんじゃないだろうか。


不安な顔をして首を振ると、健ちゃんは「大丈夫だんけ」と叫んだ。


叫んだのだと思う。


ものすごく、大きな口だったから。





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