恋時雨~恋、ときどき、涙~
「真央さん」


健ちゃんのお父さんが、わたしの手を握った。


とても温かくて、大きな手だった。


「あ、り、が、と、う」


え?


首を傾げると、健ちゃんのお父さんが微笑んだ。


「真央さんが、健太を助けてくれだんだろう?」


疑いの欠片もないその瞳を見て、もう、苦笑いするしかなかった。


はい、と頷くことだってできたはずなのに。


そうすれば、わたしの株は上がるのに。


おかしなもので、こんなに真っ直ぐな目で言われると、嘘はつけないものだ。


いいえ、とわたしは首を振った。


違います。


目を丸くした健ちゃんのお父さんに、わたしは頭を下げた。


ごめんなさい。


メモ帳の代わりに、スマホの画面に文字を打ち込んだ。


それを見せながら、静奈を指差した。






――――――――――――――
倒れたことに気付いたのも
救急車を呼んだのも
わたしじゃありません

彼女です

――――――――――――――






「きみ、名前は」


健ちゃんのお父さんが、静奈を見つめる。


もう、健ちゃんのお父さんの瞳の中には、わたしは映っていなかった。


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