恋時雨~恋、ときどき、涙~
健太が生まれる、ちょうど1ヶ月前だった。


高校時代の友人から、電話があったのは。


『もしもし? 志穂? 久しぶり。ねえ、知ってる? 松本くんのこと、聞いた?』


「みんな、20歳だった。美雪の月命日に、祐司は、この世を去った。自ら命を立って」


順也が、わたしの手を強く握り返してきた。


辛い。


順也の手のひらから、辛さが伝わって来る。


事故を思い出してしまったのかもしれない。


会ったことすらない祐司さんの気持ちを、どこかで自分に重ねてしまていたのかもしれない。


見ると、順也は必死に唇を結んで、涙をこらえていた。


強く握ってくるその手を、わたしはそっと握り返した。


その瞬間だった。


健ちゃんのお母さんが、急に泣き出してしまった。


つらかった。


悲しかったなんてものじゃなかったわ。


祐司ならきっと、あの事故を乗り越えて、強く生きていってくれると思っていたから。


健ちゃんのお母さんの唇が、たぶん、そう言った。


まるで、早口みたいに、きれいな両手が動く。


「もう、二度とあんな思いはしたくない」


健ちゃんのお母さんの肩越しに、ついに雨が降り出した。


< 748 / 1,091 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop