恋時雨~恋、ときどき、涙~
順也が目を伏せたのが、視界の片隅にちらりと見える。


痛い。


胸が張り裂けそうだ。


「今すぐにとは言わないから」


健ちゃんのお母さんがこらえていた涙を一気に溢れさせる。


「真央さん。どうか、お願いします」


そんなこと、お願いされるなんて思ってもみなかった。


わたしは、覚悟した。


膝の上で、両手をきつく握り締めた。


健ちゃんのお母さんの両手が、小刻みに震えていた。


「健太を」


両手のひらを上に向けて開き、健ちゃんのお母さんはその両手を胸元から下へ、指を閉じながら下ろした。


「諦めてくれませんか?」


覚悟はしていた。


していたのに……。


わたしはそっと目を閉じた。


ぽつり。


温かいひと滴が、手の甲に落ちる。


わたしの涙だった。


健太を諦めてくれませんか?


わたしは目を開いて、ゆっくり顔を上げた。


健ちゃんのお母さんがうつむいて肩を震わせながら、泣いていた。


わたし、諦めなければいけませんか?


どうしても、諦めなければいけませんか?


わたしが諦めたら、その時は、健ちゃんは幸せになれますか?


涙があふれる。


もう、止めることはできなかった。



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