恋時雨~恋、ときどき、涙~
平気。


夢は覚めるものだということくらい、ちゃんと分かっていたから。


表情を歪めて唇を結ぶ健ちゃんのお母さんに、順也は身を乗り出して訴えた。


「美雪さんと祐司さんとは、違います。真央と健太さんは、美雪さんと祐司さんじゃない」


もういい。


順也。


もう、じゅうぶんだから。


ありがとう。


順也。


「真央たちは」


と言いかけた順也の手をそっと掴んで、わたしは首を振った。


もう、じゅうぶんだよ。


「真央?」


順也が難しい顔をしてわたしを見つめてくる。


わたしも見つめ返す。


〈もういい〉


「でも、真央」


わたしは握った右手を鼻にあてて、小さく振った。


〈もう、十分〉


順也が言いたいことは、よく分かる。


すごく嬉しい。


でも、本当にもう、十分すぎる。


わたし、覚悟を決めなきゃいけないんだと思う。


順也なら、分かってくれるよね。


分かって、順也。


順也は負けじと首を振りながら、右手を反転させて「でも」と手の甲をわたしに見せた。


わたしも同じ手話を返す。


〈でも!〉


順也が目を丸くした。



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