恋時雨~恋、ときどき、涙~
〈大丈夫。覚悟はしていたから〉


健ちゃんを好きになった時から、たぶん、わたしは心のどこかで覚悟をしていたのかもしれない。


いつか、必ず、こんな日が来るんじゃないかって。


だから、思っていたより、平気。


こういう事には、慣れっこだから。


〈初めてでした〉


わたしは両手で耳を塞いで、口角を上げた。


〈耳が聴こえなくてもいい。真央は真央だと言ってくれたのは……健ちゃんが初めてでした〉


きっと、一生。


誰かにそう言ってもらえることはないと思っていたから。


〈死ぬほど、嬉しかった〉


わたしは涙を溢れさせながら、必死に両手で伝えた。


たいていの人は、わたしがろうあだと分かると、困った顔をしました。


〈でも、健ちゃんは違った〉


あっけらかんと笑って、それが何だって言ってくれた。


〈一生ぶんの幸せを使い果たしたと思いました〉


わたしは、宇宙一の贅沢者かもしれない。


だからもう、これ以上の幸せを望んだらバチが当たるに決まってる。


〈わたしは、たくさん我慢して、諦めて生きてきました〉


だから、平気。


わたしは涙をのみこんで、無理やり笑顔を作った。


なるべく笑顔に見えるように頑張った。


〈今まで、ごめんなさい〉


健ちゃんのお母さんの目に、涙がたまっていた。


〈諦めます〉


わたしは、笑った。


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