恋時雨~恋、ときどき、涙~
順也にだけは、どうしても嘘をつけないと思った。


順也が不機嫌そうに言った。


「東京へ行くって、どういうこと?」


〈分かった。ちゃんと説明する〉


わたしは愛用しているバッグからそれを取り出して、順也に差し出した。


武内 真央 様


武内 佳代子


順也が目を丸くした。


「真央のお母さんからの手紙?」


わたしは頷いた。


先日届いたばかりの封書だ。


〈読んで〉


「いいの?」


わたしは、もう一度うなずいた。


順也は封筒から便せんを出して開き、視線を落とした。


わたしは、健ちゃんのお母さんにひとつのお願いをした。


健ちゃんを諦めます。


諦めて、両親が居る東京へ行きます。


この町を出ます。


だから、あと少し、待ってもらえませんか。


あと少し、わたしに時間をください。


約束します。


雨の季節が訪れる前に、必ず、わたしはこの町を出て行きます。


だから、時間をください。


それが、わたしのお願いだった。


雨の季節が訪れる前に、わたしはこの恋にピリオドを打つつもりだ。


健ちゃんを諦めると伝えた時に、そう決めた。



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