恋時雨~恋、ときどき、涙~
最後には、海の泡になって消えちゃうんだ。


だから、海は、あんなにきれいなのかなあ。


人魚姫の恋する気持ちが溶けているから、きれいなのかなあ。


と、10歳の順也は言っていた。


「大好きな人を思う気持ちは、きっと、すごくきれいなんじゃないかって思うんだ。ほら、見て、真央。この海みたいにさ」


と、まさにこの絵本の1ページ目を指さして。


今までに、何十冊の絵本を読んだのか分からない。


たくさん、たくさん読んだ。


だけど、その中でも、わたしはこの絵本が大好きだった。


わたしは1ページ目を広げたまま本を足の上に乗せて、海の絵を手のひらで撫でた。


ひんやりした。


きれいな、青色の海。


海って、広いなあ。


肩肘を張ってばかりで、許せなかったあの出来事たちも。


譲れなかった、あの気持ちも。


つまらない、ただの意地や見栄も。


この海の絵の前では、ちっぽけな事のように思えてくる。


この真っ青な海のような清らかで広く穏やかな気持ちで、もっと素直にあの人を愛する事ができていたら、何か少しは違っていたのだろうか。


それができなかったわたしは、人魚姫と同じだ。


耳と足、それだけの違いで、同じだ。


魔法をかけてもらっても、叶わないと知っていながら恋をして、結局幸せになれなかった彼女と同じなのだ。


ううん。


わたしは、人魚姫の足元にも及ばない、ただの臆病な人間だ。


魔法にかけられたままの、臆病者。


わたしは、絵本を閉じた。


窓の外は相変わらず雨が降り続いている。


雨、か……。


急に、胸が締め付けられた。


3年前の、あの日。


さよならと一緒に、この魔法も解いてくれたらよかったのに。


わたしはいつだって、雨という魔法に付きまとわれている。
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