恋時雨~恋、ときどき、涙~

約束の手話

2週間後。


順也はICU室を出て、一般病棟に移った。


まだ身体を動かす事ができないので、順也はベッドに寝たきりの日々だ。


6畳半ほどの広さの、窮屈な個室。


東にある窓辺からは、毎朝、新鮮な白い朝日が筋になって病室に射し込む。


透明なガラスに水色が溶けた色の花瓶に、こぼれんばかりに生けられたかすみ草。


ベッドの横にパイプ椅子を持って来て、わたしは真っ赤なりんごの皮をむく。


りんごを擦って、ふわふわのすりりんごをスプーンですくい、順也に食べさせた。


〈おいしい?〉


わたしが訊くと、順也は「まあまあかな」と言った。


何よ、とふて腐れたわたしを、順也が笑った。


「おいしいよ。ありがとう」


順也は両手をぎこちなく動かして、表情を歪めた。


大型トラックと衝突した順也の身体は、まだ痛みがとれない。


わたしは、順也を睨んだ。


〈無理に手話しなくてもいいのに。ゆっくり話してくれたら、読める〉


「そっか。ごめん、ごめん」


順也は苦笑いをした。


「ああ……不便だな。治ったら、思いっきり走りたい」


そう言って、順也は無邪気に笑った。


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