恋時雨～恋、ときどき、涙～

恋時雨

幅の広い、石の階段。


両脇を並行に縁取るように満開に咲いているのは、淡い白色のハマナスの花。


朱色に砕けた光の欠片が燦燦と降り注ぐ木漏れ日のトンネルは、ひんやりと涼しかった。


最後の一段を、下りる。


一気に、世界が開けたように、広い広い砂浜とオレンジ色の凪いだ水面が鮮やかに目に飛び込んで来た。


夕日が、空の袂をやわらかな色に染めている。


鮮やかな赤色だけれど、波が穏やかに揺れるたび、水面はオレンジがかった赤色に煌めいていた。


微細に輝く、砂。


どこまでも広がる、緋色の海。


眩しさが目に染みて、わたしは目を細めた。


眩しさの中で、揺れ動く人影があった。


わたしは眩しさに反発するように、ゆっくりと目を見開いた。


逆光でシルエットになった人影が、砂浜にひょいとしゃがみ込む。


と、思ったら、人影はすぐにすうっと立ち上がり、右手を振り上げた。


きらり。


シルエットの指先から小さな影が空に飛び出し、朱色に発光しながら緩やかな弧を描いた。


ぽつり、と濃い茜色の空に投げ出されたのは、小さな貝殻だった。


貝殻は短い弧を描いた後、燦然と輝く水面に吸い込まれるように落ちて行く。


あっ。


貝殻が落ちたその部分だけにオレンジ色のミルククラウンのような、小さなしぶきがあがった。


そして、水面は静かになった。


一瞬、風がおさまったあと、再びの風が吹き抜けて行く。


会いたかった人が、目の前にいる。


他に人影はなく、健ちゃんだけしか居ない。


その立ち姿は、間違いなく、健ちゃんだった。


健ちゃんは眩しそうに、ただじっと凪いだ水面を見つめていた。


わたしに気付く様子はない。


しばらくすると、健ちゃんはスーツのポケットに両手を突っ込み、波打ち際ギリギリをゆっくりと、わたしが居る方とは逆方向に歩き出した。