冬の華
ドア一枚隔てる彼女の姿が、
はっきり見える。

「俺は今まで誰かと暮らしたって経験がないんだ…。
子供の頃は此処よりもっと小さいアパートに一人で住まわされて…昼間、家政婦が来るだけの毎日。寂しいとか、悲しいなんて感情は知らないし…誰かのことを必要だとか思ったこともないから…」

返ってこない返事に確信してた。
俺の声に耳を傾けてることを。

「何が言いたいかっていうと…。君が俺に気を使う必要はないよ。怖くて当然なんだ気にするなよ。だから本音を言って良いんだ」

震えた理由を、
恐怖からだと疑わない俺は彼女に今言える最善の台詞を言った。

つもりだった。

少なくてもこの時の俺は
そう信じ切っていた。

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