In The Rain
結局、只今口説き中のキョウコちゃんのお願いは断れず、残業になってしまった。


さすがに今回は御飯のお誘いは断って、ちょっとだけがんばってみた。


妻には特に何もないが、娘のヒカルには格好つけておきたいものだ。


上の階のチカちゃんとヒカルは同級生だ。

それもあって母親同士が仲良くなったらしい。

いわゆるママ友?よくわからんが…。


別にオレが出るほどの仕事でもない残業はあっさり終わり、キョウコちゃんの若干ウザい賛辞もほどほどに、オレは帰路についた。

愛車のRAV4の助手席にジャケットを放り、車を走らせた。

途中、ダッシュボードのケースから指輪を取り出した。

特に意味はないが、家関係以外では指輪はしない。

特に仕事中は…。ウザいのだ。




信号待ちの間に指輪をつけながら、外を見てドキッとした。

すぐに別人だと分かったが昔の…忘れられない人に似ていた。



誰もが必ず忘れられない人はいる。

ボクの場合はユキだった。

いつも優しい笑顔でボクを包んでくれた。

そしてボクも全力で愛した。

当時のボクのすべてだった。

雨が好きだって言ってたユキのおかげで、ボクは今でも雨の日が好きだ。
結局、ボクの弱さのせいで別れる事になったのだが…。

その後、今の妻であるヨウコに出会い、彼女がボクを救ってくれた。



そう、あの時はヨウコを、いやお互いが、愛し合っていたはずだ、きっと…。





そんな事を考えている間にマンションの駐車場に着いていた。

今まで考えていた事や、外での事を切替える為に、一つ深呼吸と背伸びをして、ジャケットを羽織り、オレは我が家へと向かった。



見上げた空は、グレー色で、今にも降り出しそうな表情でボクを見ていた。
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