捧げられし姫君
ファラーシャの視線に気付いたイードは、不意に顔を歪めて笑う。
それは今までの熱っぽい眼差しから一転した、醒めた笑いだった。
ようやく、後宮で会った男と目の前の人物が同じ存在なのだと納得する。
「あなた、何を考えているの…」
ファラーシャは小さく問い掛けた。
先程の言葉が心からのものでないことは明白である。
何に、利用する気なのだろうか。
イードは問い掛けに答えず、まるでただの恋い焦がれる若者のようにファラーシャを見下ろしている。
「驚いた顔もまた魅力的だ」
「あの…」
「照れて恥じらう姿も初々しい」
歯の浮くような賛辞の言葉を畳み掛けられ、ファラーシャは無意識に顔をしかめた。
馬鹿にしてるんじゃないでしょうね、と怒鳴りつけてやりたい衝動をぐっと堪える。
「さて名残惜しいが、我が麗しの姫君、また後ほど会おうではないか」
大袈裟な溜息をイードが吐いた。
溜息とは裏腹にあっさりと手が離される。
呆気に取られるファラーシャや周りを置いて、イードは階上へ戻り、王座の裏へ去っていった。
イードの姿が去ると残された者たちが、一斉に騒ぎ出す。
謁見の間の静寂は破られ、皆口々にこれからの算段を始めていた。
その横をファラーシャはなるべく目立たないように退出する。
事態がまだ、上手く飲み込めていなかった。
けれども、厄介事の中へ突き落とされたことだけは、確かだ。
「…どうすればいいのかしら」
イードが何を考えているのか、早急に知らなくてはならない。
そんな予感がファラーシャの心を過ぎっていった。