捧げられし姫君
イードは、ファラーシャの手を取り、慣れた様子で寝台へ座らせる。
そのままゆっくりと、ファラーシャの体を横たえた。
優しい腕。
なのに、違和感を覚えた。
「浮かない顔だな」
「そうね。あなたが相手だもの」
「それはどういう意味だ?」
「言葉通りの意味よ」
「…ほう」
戯れを許すような、余裕のある笑みが返ってくる。
怒りは、ない。
ファラーシャは、寝台の下に隠しておいた短剣を手で探り当てた。
「変なことを聞いたら、ごめんなさい」
ファラーシャを覗き込んでいるイードの喉元に、短剣をあてる。
正確には、イードらしき姿をした男に。
「あなたは、誰?」
短剣に怯むわけでもなく、男が笑った。
「物騒な姫君だな」
「私の知っているイードという男は、あなたほど優しくはない気がしたの」
ほんの少しの疑問だった。
けれども、不安を解消しておくに越したことはない。
「例えば、私が転んでも手を貸したりなんてしない程度に」
大荷物を持って廊下を歩いていた私を手伝うわけでもなく、笑い飛ばした男が、
転びそうになったファラーシャを助け、心底ほっとしたような様子を見せるとは思えなかったのだ。
イードはもっと、幼い身勝手さを持っている。
それは、王であるという自尊心のようでもあったし、子供のような未熟さでもあった。
だがそれを、目の前の男から感じないのだ。