捧げられし姫君
「なるほど。馬鹿正直だが、馬鹿ではない、か」
「それは…」
イードが言った腹の立つファラーシャの評価だ。
しかし、誰かから聞いたかのような口ぶりは、ファラーシャの疑問を暗に肯定している。
前に会ったイードとこの男は別の存在なのだ、という。
「敵ではないから、案ずることはない」
「では味方なのかしら?」
「……随分と難しい質問だな」
どこが難しい質問なのだ、とファラーシャは心の中で毒づいた。
男の様子を見るに、少なくともファラーシャを害するつもりはないようである。
だが、味方であると言い切らない辺り、まだ何かを隠しているのだろう。
「不届き者だと叫んで暴れてもいいかしら?」
ファラーシャは男を見上げた。
男の余裕は崩れない。
「出来たら騒ぎ立てないで欲しい。でなければ…」
「でなければ?」
「初めの計画通り、しばし眠って頂くことになると思う」
口調は穏やかな割に、不穏なことを口にした。
だが、もうファラーシャはこの男とイードを見間違うことはないだろう。
「あなた、イードのふりが崩れてきているわよ…」
ファラーシャの指摘に、男は一瞬驚いたように、目を丸くした。
そして困ったように頬をかく。
「あぁ、しまった」
同じ口調なのに、だんだんと偉ぶったところがなくなっていくのは面白かった。
だが、いつまでも面白がってはいられない。
「貴方と話していると、ついつい素に戻ってしまうようだ」
「では、いっそそのまま、あなたがここにいる理由を教えて頂きたいのだけれども」
困ったような顔が不意に歪み、男は突然ファラーシャを庇うように覆いかぶさった。
「な、なに…」
「静かに…。出来たら、寝たふりを」
男が耳元で囁いた。
理由を問える雰囲気ではなく、ファラーシャは大人しく男の腕の中におさまる。
その瞬間、何かが空気を切り裂くように飛んだ。