捧げられし姫君
「出迎えに来る人もいないってわけね…」
ファラーシャは仁王立ちで、ゼルエスの後宮の入口を見上げた。
警備の者たちは慣れているのか、眉一つ動かさない。
荷物運びを手伝ってくれる気はなさそうだった。
「ファラーシャ様、早く荷物を運んで下さいよ。人手が足りないんだから」
「…あのね、サザ。普通、姫君は荷物なんてものは運ばないんじゃなくて?」
声をかけてきたサザに向かって、ファラーシャは言う。
サザはちょっと考えた後に、小憎らしく肩を竦めた。
「まあ、普通はしませんでしょうね」
「でしょう?」
「でも姫は、田舎で貧乏で取り柄といったらファラーシャ様の美貌と名前が長いことという国のご出身なのだから、仕方ありません」
「お前、私の故郷になんてことを…」
「俺の故郷でもあるんですがね。さ、早く荷物を運びましょう」
とは言うものの、後宮に男は入れない。
サザは、荷物を入口までしか運べないのだ。
と、いうことは。
入口から用意された部屋までは、ファラーシャが運ばなくてはいけないことになる。
「……無理にでも侍女を連れてくるべきだったわ…」
ファラーシャは大袈裟に頭を抱えた。
ちらりと警備兵を盗み見るが、完全に無視されているようだ。
ファラーシャは心の中で姫君らしからぬ舌打ちをする。
それもこれも、事前にゼルエスから、侍女は連れて来るなというお達しがあったからなのだ。
「ほんっとに融通のきかない国ねぇ…」
ため息と共に、ファラーシャは荷物箱の一つを持ち上げた。