捧げられし姫君
イードはしばらくファラーシャを値踏みするように見下ろした。
それから、影と呼ばれた青年と、更にイードの後ろで控えていた男のそれぞれに視線を送る。
「どう思う。サフ、アルフェ」
「……私はあまり良いこととは思いませんが…」
先に答えたのは、サフという名の男の方で、初めてイードに会った時も後ろに控えていた者だ。
とすると、アルフェというのが、今までファラーシャと共にいた青年の本当の名なのだろう。
「俺に意見を聞くんですか。陛下の御心のままに、としか答えられませんよ」
イードの影である青年が、イードとはまったく異なる軽い口調で答えた。
二人の青年はさほど似ているわけではない。
体つきと声の響きが、どことなく似通っている程度だ。
今はアルフェが故意に似せていないため、より二人の違いがよく分かる。
けれども、ほんの一時しか接していなければ、どちらが本物なのか見分けがつかないだろう。
もう二度と騙されないように、ファラーシャは二人の顔をしっかりと頭に刻みこんだ。
「そうだな。俺は決めたことを簡単に覆すような奴じゃないな」
アルフェの返答にイードが微かに唇を震わせて笑う。
笑みを浮かべたまま、イードはファラーシャの顔の前に片手を広げて見せた。
「俺の手は小さい。例え両の腕を広げても、この国全てを覆うことはできない」
「な、なにを突然…」
うろたえるファラーシャを余所に、イードは話を続ける。
「俺は、王であるということは、砂漠の砂をすくいあげるようなものだと思っている。
だが、俺の手では、ごく僅かな砂しかすくいあげることができない。
そして、すくえなかった大多数の砂全てを気に留めることはできない」
話は突然だったが、イードの言いたいことは、理解できる。
ファラーシャは黙って頷いた。
「だから俺は、自分の手を大きく見せるために、なんだってすることにした」
ファラーシャの顔の前に開かれていた手を、イードは脅すようにぐっと握りしめた。
「真実を知りたいと言ったな」