捧げられし姫君
「あの男は、俺を特別な理由で選んだわけじゃない。
単純に、王位を継げる年齢に達した中で、俺が一番若く都合が良かっただけの話だ」
「若くて都合がいい…?」
本人の能力や母親の身分といった理由なら納得できる。
けれども、若いからという理由で王を選ぶという話はあまり聞いたことがなかった。
「…前王を毒殺した犯人は結局分からずじまいだった。
恐らく犯人は、次代の王と目されていたうちの誰かの手の者で、前王が生前譲位をする前に口を塞ごうとしたのだろう。
そして前王は毒で苦しみながら、己の血族を呪った。
王位欲しさに、人を殺すのか、と」
「でも、貴方を次の王に指名したのよね…」
ファラーシャにも、イードという王の姿が少しずつ見えてくる。
「あぁ。…自分が死んだ後、王位を巡って王族たちを争わせるために」
一瞬しんと、辺りが静まり返ったかのような錯覚をファラーシャは覚えた。
「…だったら貴方は…最初から王位を奪われるだけの…」
仮初めの王。
そんな言葉がファラーシャの頭を過ぎった。
イードはファラーシャに向かって肯定の代わりに、唇の端をあげる。
「俺は大した後ろ盾も持たないうえ、年若く子もいない。王座についたところで、有力な後見人が必要だ。
王座を欲する者、後見人になろうとする者、俺に生前譲位させようとする者、様々な思惑で王宮は荒れる。
…それこそが前王の望んだことだった」
自分の兄弟か子に毒を盛られた王が、死の淵で何を思ったのかファラーシャには分からない。
けして、安らかな死ではなかったのは確かだろうだ。
その絶望は、ファラーシャが思うより深いのかもしれない。
だからといって、許されることなのだろうか。
「俺には王に相応しい人格も能力も必要ない。王座にいて、右往左往していれば良かったんだ。
…本当は」