捧げられし姫君
長い廊下は行き交う人もなく静かである。
かえってそれは、両手に大荷物を抱えたファラーシャにとって好都合だった。
こんなみっともない姿を、他国の姫君に見られたら、泣ける。
弱小国の姫君が、後宮でどんな扱いを受けるかなんて、想像せずとも分かる話だ。
だから、ファラーシャは、なるべく目立たず、人目につかないようにしようと心に決めていた。
馬鹿にされるぐらいだったら、地味でも平穏に暮らしたい。
「おい、サフ。見ろよ、荷物が一人で歩いているぞ」
前方から、若い男の笑い声がする。
どうやら、ファラーシャのことを言っているようだ。
視界を塞ぐ大荷物から顔を覗かせると、見知らぬ青年の瞳が面白そうにこちらを見ている。
「サフ、荷物じゃなくて、人だったようだ。しかも、侍女にしては不相応な身なりをしている」
馬鹿にするような口調で青年は、背後に佇む背の高い男を振り返った。
「…お戯れはお止め下さい」
サフと呼ばれた男は返事はするものの、表情一つ変えようとしない。
青年は気にせず、再びファラーシャを見た。
「お前、どこの国の者だ。名と身分を名乗れ」
「…ジャファルフィフヌーン国第一王女ファラーシャと申します」
なんなのだろう。この偉そうな男は。
荷物の重さで手が痺れきってしまう前に、早く解放してほしかった。
「だい、いち、おうじょ?」
「えぇ」
「お前が?」
「そうです」
「王女がなんで荷物を運んでいるんだ?」
「こちらの国から、侍女は連れてくるなという、事前連絡があったもので」
そうでなければ、いくらファラーシャだってこんなことまでしない。
青年は、ファラーシャの言葉に目を二、三度瞬かせてから、突然腹を抱えて笑い出した。