捧げられし姫君
二人で取り留めのない話をしていると、扉をノックする者がいた。
イツルがそっと扉を開ける。
入って来たのはイードとサフだ。
「変わりはないか、イツル」
「ええ、今のところは」
ファラーシャに接するよりも幾分柔らかい調子でイードがイツルと言葉を交わす。
そしておもむろに後ろを指差した。
「サフが体の弱くて伏せっている伴侶のことが心配で仕事に手がつかないようだったから、一緒に連れてきたが、構わないよな?」
イツルはイードの背後に控えているサフを見て、複雑そうな表情を浮かべる。
「……それは、ファラーシャ様の許可がありませんと」
イードが確認をとるように目線をファラーシャに向けた。
「構わないか?」
奥さんが心配で、仕事の気晴らしをさせたいというならば、反対するのは気がひける。
「私は別に構わないけれど…」
「お言葉に甘えさせて頂きます」
サフが頭を小さく下げた。
珍しいものを見た気がして、ファラーシャは目を丸くする。
この男は簡単に人に頭を下げるような性格ではないはずだ。
それほどに思い詰めているんだろうか。
あまり表情を表に出さない青年の様子をファラーシャはしげしげと眺めた。
が、実際のところどうなのか、少しも分からない。
「さっそく本題に入るが、今日から七日後の夜、城でファラーシャを歓迎するための宴を開く。
段取りはヤスィーム卿に任せてある。こいつについては後でイツルから聞いておけ」
あっさりと話し出すが、内容はひどく重大なことだ。
「宴の際、罠を仕掛けたい奴がいる。その為にお前は出来る限りか弱い姫君を装って貰いたい。
イツルは部屋の準備をしてくれ。西の二の宮の奥がいいだろう」
「畏まりました」
「具体的に誰に何をするのかしら?」
慎重に問うファラーシャに対して、イードは薄く笑う。
「敵を騙すにはまず味方から、というだろう」
詳しいことをファラーシャに知らせるつもりはないらしい。
イードが寄越した情報はたったそれだけだった。