捧げられし姫君
三人の去った後の部屋は、静かだった。
イードは身を守るかのように体を丸めている。
眉間には深い皺が寄っていた。
こんな眠り方では逆に体が疲れてしまうのではないだろうか。
ファラーシャはイードの顔の前で手を揺らす。
起きる気配はなさそうだ。
イードの腕をそっと掴んで体を仰向けにする。
ごろんと体を動かした瞬間、イードの瞼が微かに開いた。
ぎょっとするファラーシャには何も反応せず、また瞳を閉じる。
イードが小さく寝息を立てはじめたのを確認して、ずり落ちていた毛布をかけ直した。
そういえば国ではよく、小さな子たちの昼寝の番をしていた。
姫君たる者、子供の面倒を見れなくては、という教育の一環だったけれど。
本当は、単純に人手が足りなかっただけだろう。
苦笑しつつ、ファラーシャは寝台の横に座り、扇でイードを軽く扇いだ。
少し皺の緩んだイードの額から汗を拭う。
なんだか懐かしい。
子供たちが眠ってしまった後の静けさを思い出した。
こうやって扇いでやりながら、小唄を歌う。
普段は憎たらしい子供たちも、眠っている時だけは素直な顔をしていた。
穏やかな日の光。
故郷の子守唄を口ずさみながら、ファラーシャはイードへ緩やかに風を送る。
「良い歌ですね」
ファラーシャが後ろを振り返ると、いつの間かイツルが立っていた。
「いつからそこにいたの?」
驚くファラーシャにイツルは曖昧に微笑む。
「つい、さきほど」
「気配がまったくなかったわ…」
「シュカ族の秘技です」
流石、シュカ族の民だ。
感心するファラーシャに、イツルはまた曖昧に笑う。
何かをごまかそうとしているかのように。