捧げられし姫君
「イツル」
微妙な空気を割ったのは、イードの声だ。
いつから起きていたのだろうか。
一刻も寝ていないはずである。
「…もう、良いのですか」
「ああ」
イードは体を起こすと腕をあげて伸びをした。
それからファラーシャを一瞥する。
「どうせ、またすぐに来る」
「また来る気なら、お土産の一つでも持ってきて欲しいわ」
ファラーシャが強がるとイードは鼻で笑った。
「考えておく」
衣装を整えたイードは寝台から起き上がる。
それから青みがかった黒い瞳をファラーシャに向けた。
寝起きの顔は普段以上に少年めいている。
自分とさほど変わらない年頃だということを、今更思い出した。
「歌が…」
「……歌?」
小さな呟きをファラーシャが拾うと、イードはそのまま口をつむぐ。
「いや、なんでもない。つまらんことだ」
らしくないこと言ったと言わんばかりにイードは頭を振った。
「そろそろ、アルフェが迎えに来るな」
イードの眼差しに強く生気が宿る。
先程まで眠っていたとは思えないほどの変わり身の早さだ。
炎の灯る瞬間に似ている。
綺麗だが、触れることを拒むかのような。
そうして我が身を守っているのかもしれない。