捧げられし姫君
第二章
宴の始まり
宴のひらかれる、その数日前。
ファラーシャは部屋の片隅に立っていた。
城の端にある静かなこの部屋は、イードの自室らしい。
あまり派手ではない、というよりむしろ殺風景だ。
一つ一つの調度品は豪華なのに、あまり愛着しているように感じない。
ファラーシャは、部屋の主に視線を移した。
イードはサフと共に宴を仕切るヤースィム卿と話をしている。
ヤースィム卿は、小柄な顎の尖った男だ。
常にイードの顔色を伺うかのように上目である。
落ち着きなく両手を揉みながら、話を進めていた。
主に話を詰めているのはサフの方で、イード椅子にもたれ掛かったまま、二人の話を聞いている。
ヤースィム卿は、贔屓目に見ても頼りがいのある人物には見えなかった。
だが、どんな卑屈な様子を見せても、イードやサフが不快さを現にすることはない。
不思議なことだ。
イードならとうに馬鹿にしてそうだ。
…それは、ファラーシャの偏見かもしれないけれど。
「で、では、この方向でいかがでしょうか」
ヤースィム卿が、話を切る。サフがイードへ意見を求めるように首を廻らせた。
「任せた。私には宴のことなどわかぬからな」
「ですがっ、イード様のご意見も何かありましたら…」
「私の望みはこの宴が成功すること、ただそれだけだ。それ以外は一任する」
イードはきっぱりと言い切ると、興味がないといいたげに、グラスの水を飲み干した。
「か、かしこまりました
。
…それにしても。それほどに、イード様がご執心の姫君とは…。どのような方なのですかな」
「それはそれは美しい姫君だ。手元に置いておきたくなるぐらいのな。
水を」
空になったグラスをイードは揺らす。
最後の言葉はファラーシャに向けられたものだ。