捧げられし姫君
似合うな。珍しくそんな褒め言葉を貰ったのは、ファラーシャが侍女の衣装に着替え終った時だった。
それもそのはずだ。
昔の普段着は、姫君のドレスより侍女の衣装に近かった。
豪奢なドレスより、ずっと着慣れている。
いっそこの格好で城を動き回れたら、どんなに楽なことだろうか。
侍女の衣装と共に承ったのが、侍女のふりをして部屋の隅にいろ、という命令だった。
そんなわけで、ファラーシャは水差しを持って部屋の片隅にいた。
イードに呼ばれたファラーシャは、なるべく目立たないように、グラスに水を注いぐ。
「て、手元に置きたいぐらいとは…。
陛下にそんな方が現れるとは…あ、いやこれは失礼でしたかな」
ヤースィム卿が、慌てて取り繕う。
「いや、構わんさ。私もこの歳で初めて恋を知ったのだ」
恋。
あまりにも不釣り合いな言葉に、水差しがテーブルにぶつかる。
ガタッという音にヤースィム卿が眉をひそめた。
「陛下の御前でなんという失礼なことを…っ」
「失礼致しました!」
「いや、いい。気にするな。下がって構わん」
素っ気ない態度とは裏腹に、イードの目は明らかに笑いを堪えている。
水差しで水をかけてやりたい気分だ。
まさか、ヤースィム卿も噂の姫君が侍女の格好をして、文字通りイードの手元にいるとは思わないだろう。
「宴で姫君にお会いするのが楽しみですな」
「…そうだな」
イードは素知らぬ顔でグラスに口をつけた。