捧げられし姫君
ひとしきり笑った青年は、人差し指で目尻の涙を拭う。
泣くほど、笑うなんて。
ファラーシャは内心むっとする。
「いくら言っても、馬鹿みたいに侍女をつれてくる者ばかりで困っていたんだが、馬鹿正直に一人も連れて来ない奴がいるとは」
「馬鹿正直……。…もしかして、連れて来ても良かったの…?」
なんてことだ。
ファラーシャは叫び出したい気持ちをなんとか堪える。
「身分を考えれば駄目と言われても一人ぐらいは連れて来るもんだろう、普通」
「し、知らないわよ、そんなこと」
ファラーシャの国には、後宮がない。
そんなものを造るお金も人も足りないのだ。
国全体が、噂程度でしか後宮について知らないのである。
だから、連れて来るなと言われれば、はい分かりましたと答えるしかなかった。
「田舎の小国の出身では、本音と建前の使い分けが出来なくとも仕方のない話か」
見知らぬ青年に、完全にファラーシャは馬鹿にされていた。
薄笑いを浮かべる青年にファラーシャは詰め寄る。
「だいたいなんなの貴方。こんなところをふらふらして」
青年より先に後ろの男が反応したが、青年はそれを片手で制した。
そして、ファラーシャを見下ろして楽しげに顔を歪める。
「俺のための宮を俺が歩いて何が悪い」
この男のための宮。
そう言われてファラーシャは、青年を見上げた。
紺に似た黒い髪と同色のつった瞳。
頭には布を巻き、装飾品を飾っている。
ゼルエスでは、高貴な者ほど、この装飾品の数を増やすのだという。
だが、青年が飾っているのは、後宮の持ち主にしては僅かな数である。
身なりも派手好みなゼルエスの中では質素な方だ。
「…イード様、お戯れはこのぐらいにして、そろそろ戻りましょう」
しかし、ファラーシャは後ろの男が呼ぶ、イードという名を知っていた。
この国の王の名だ。